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ハセガワエスティ代表取締役社長
阿久津五代子ブログ
未来に向けて思うこと

2014.01.10母のドレス

娘を持つ父親にとって、「結婚式の新婦」とは、
なんとも言えない想いが重なり、
はかなさを放っていることがあります。

そういった場に立ち会うと、
時に、司会者という立場でありながら、涙ぐんでしまうのです。

その場の雰囲気に入りこみすぎてしまうと、
ミスを起こすことにもなりかねませんので、
出来るだけ感情を逃がし我慢しています。


ですが、どうしても、
心が震えて涙がこぼれてしまう事があります。


それは、3年前の都内人気のガーデンとガゼボがある洋館での、
おしゃれなウエディングパーティでした。

結婚するお二人、新郎新婦は、
200名以上のお客様をご招待してフリースタイルで
お料理を召し上がっていただくという結婚式でした。

それは、かつて新婦のご両親が結婚式をした場所が
洋館のチャペルだったことから
その場所に一番雰囲気の近い会場を探したとの事でした。


日本風な着席固定の結婚式ではなく、
来て頂いた方全員とお話しがしたいという事から
フリースタイルを選びました。

ビュッフェのように料理がどこかに固まっている、
料理を取るために並ぶ、
というようなスタイルではなく、
とても自然で自由が楽しめる雰囲気でした。

なごやかに、且つ ゴージャスに
まるでヨーロッパの古い街の豪邸で行われるかのごとく
パーティは、始まりました。

そして、終盤、一番広いサロンに全員が集まり
中央のスクリーンに古い映像が映し出されました。


それは、35年前の新婦の両親の結婚式の映像でした。

ちょうど、式が終わり、教会の大きな扉から
新婦の父と新婦の母がまぶしいくらい
幸せがこぼれそうな笑顔で登場します。

そして、赤いカーペットの敷かれた階段を、
お祝いのエールや拍手
フラワーシャワーの中進んでいく、若き日の父と母でした。


会場内は、感嘆の溜息に包まれました。
その時、私は、会場の端にたたずんでいる
新婦の父と伯母様を見ました。

2人とも、何か懐かしそうに、
また、何か思い出したように、じっと見つめていました。

私は、ぐっとこみあげてくるものを、呑み込みました。


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そして、その次の瞬間、会場の側の反対側の扉から新婦が、
まさにその母のウエディングドレスを着て
新郎にエスコートされ現れたのです。

その時、新婦の父は、じっと見つめてしばらく動きを止め、
顔を両手で覆いました。

そして、スクリーンの下、会場中央に新婦が進むと、近くまで来て、
新婦の姿を正面から見たあと、その場に泣き崩れてしまったのです。


私は、もう自分の心から溢れてくる涙を止める事は、
できませんでした。


そして会場中の待客も同じでした。
涙と感動でだれも、声を出す事ができませんでした。

今さっき見た、新婦の母の映像と
まったくうりふたつの新婦がそこにいたのです。
35年前のウエディングドレスを着て。


新婦の母は、既に他界していました。


紳士的で凛々しいモーニング姿の父は、
感情を止める事が出来なかったし
今、そこに立っているのが、新婦の母なのか、
新婦自身なのかも、
瞬間に捉えることができなかったように見えました。


そして、私は、マイクを握り 涙声になるのを、
抑えながら、アナウンスを進めました。


新婦の父は、壇上に上がり、新婦と新郎を見つめ、
そして招待客を見つめながら、話はじめました。


自分に娘が生まれた瞬間の事、新婦の母との思い出、

家族の事、

妻との死別。


今日までどんな思いで新婦を見つめてきたのか・・・

そして新郎へ娘を託す、祈るような想い。
今何を感じているか・・・・

父は、ありのままの気持ちを、
そのままの言葉で語りました。

私の中に残る、忘れられない「謝辞」でした。


そして、娘を持つ私自身もこれまでの娘との出来事を思い出し、
今出来ることを丁寧に娘に伝えていかなければならない
と思いました。

日頃から忙殺され、小さな事を

後でいいか・・・まあ、いいか・・・言っても無駄かな・・・

そういう言動を省みました。

バージンロードを歩く新婦と父の歩数は、
生まれてから嫁ぐ日までの思い出、出来事の数と同じなのだと。

2013.12.20会員制ラグジュアリーホテル「東京ベイコート倶楽部」

ちょっと気分を変えたい・・・
日常から離れて、自分を別の世界に放ちたい・・・

いっぱい いっぱいな気分ってあります。


頑張りたいのに、伸び感がない。

ちょっと考え方が硬直して来た。


この状態を放置しておくと、心がキツキツになり、更に放っておくと、
知らぬ間に病気になっていた。

そんな経験は皆さん多かれ少なかれあると思います。


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そんな時、日常と全然違う場所に行ってみてください。

私が経験した中で一番効果的だったのが、

海の見える 東京ベイコート倶楽部。


何せ、お台場ですので、遠くない。

現実から離れようと思うとどうしても、遠出しなければなりませんが、
東京ベイコート倶楽部は、近い!

のに、簡単に日常から脱出できます。

とても、おすすめ!です。


一日中 部屋で本を読むもよし、
一日中、スパとリラクゼーションルームでだらだらするもよし、

なぜだか、ゆっくり時間が流れている
そこだけ、異次元空間のようなんです。

不思議です。


1泊しかしていないのに、ハワイの孤島に5日くらい泊った気分にしてくれる
不思議なホテルなんです。

なぜなんでしょう? 


会員制だからか、あまり人と遭遇しない。

サービスも過剰すぎない、うるさくない・・・

お料理も量が多すぎない・・・・

プールがキラキラしている・・・

エレベーターが美術品のよう・・・

とにかく不思議な
非現実空間だらけのホテルなんです。


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脱日常と言えば結婚式。

東京ベイコート倶楽部では、
時に結婚式のウエディングドレスの花嫁に遭遇することがあります。

まるで、豪華絢爛の建物や調度品の隙間から、

ふっと生み出されたみたいに自然に溶け込んで、

更に異次元空間を創りだしてしまうんです。

贅沢で且つ、極まった、瞬間です。

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東京、お台場のウエディング・・まさに
これこそが、本当のセレブ婚なのでしょう。

招かれた方々が存分に空間と時空を
満喫することができる
たぐいまれなる会員制ラグジュアリーホテル。


2013/12/20
阿久津五代子

2013.11.07空飛ぶ音響さん

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ハセガワエスティの音響さん達は、皆、空を飛んでます。
と言いますのも、空間に音を放ち、その音の粒の集まりを由自在に操っているんです。

鳥の様な?パイロットの様な?感じでしょうか?

飛ばすのは、自分の体や飛行機じゃなくて「音の集合体」なんですけどね。

日本人は「音」について、少し控え目だと思いませんか?
言葉に頼っている部分多いと思いませんか?



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音は、感情に直結しているものなので、もっともっと有効に使うべきだと思います。

音楽が最も効力を発揮する場は、人が集まるところ。
人が集まれば、自然とその人の数だけ気持ちも交差します。






そんな、多くの気持ちの粒を、音楽が代弁し音として
空間に広がり、集まった人の心をほぐしたり、
ふんわりさせたり、ドキドキわくわくさせたり、テンションが高まったり・・・・
音は、感情を表現できるんです。

言葉も感情を表現できますが、言葉には国境があり、人種があり、ボキャブラリーも使い方も千差万別。でも、音楽に言葉の壁はありません。

音の粒は集まれば、どんな心の状態も自由に表現する事が出来るんです。


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ハセガワエスティの音響チームは、一人一人が自分の音を持ち、集まる人達、音を感じてくれる人達の心を、表現するチャレンジャー達です。

同じ曲をオペレートしても、そのディレクションによって音の丸みや広がり、とんがりや平べったさ、いろいろな状態をそのオペレーターが自分の感性で作り出すのです。


結婚式&ウエディングパーティのオペレーションは、とても奥深く面白い・・・・

ライブであり、本物です。作った空間ではなく、ドキュメンタリーです。


どんな曲をどのように表現してオペしていくのか、二つと同じものはありません。非常に興味深い作業の連続です。(生放送と同じなので、緊張します!!!)

しかも、ウエディングパーティには、いくつものドラマとテイストが、混在しています。

カッコいいオープニング入場、厳粛な主賓挨拶、盛大なる乾杯

くつろぎの銘酒ととろける美味のお食事

盛り上がる余興

感動の友人スピーチ

皆で踊るシンガー登場

2人の歴史をつづるプロフィール映像、涙と愛の手紙花束・・・

締めくくりは、フィナーレ映像でおめでとう感も最高ボルテージ。


たった2時間半のウエディングパーティの中に
これだけ生のエスプリが凝縮されているんです、結婚披露宴って。


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空飛びながら空間移動してます!!
凄いですよね!!

ハセガワエスティの音響チームのディレクター&オペのメンバーは、
音楽に囲まれて楽しくも、ドキドキ刺激的で
芸術的な日々を送ってるんです。


2013年、エスティ音響部には、各業界から仕事が集まってきています。
年末から来年春にかけて、ハセガワエスティでは音響の求人をしています。

私達は、音に関心のある仲間を探しています。
一緒に面白い音と絵の世界を創り上げられる
感性の柔らかい仲間を探しています。

発信の地、表参道や、お台場、情緒あふれる歴史の街、上野不忍池、海と風のある街、
横浜のみなとみらい、感性高まる場所で、新しい音空間をつくれる仲間を探しています。

これから先、5年後 10年後、音で人の心を表現し空間を結ぶ仕事を進化させていきます。

こうご期待あれ!



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2013.10.28片岡鶴太郎さんの著書 「今日も日暮里」

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先月(9/30)に徳間書店から発売された
片岡鶴太郎さんの自叙伝を読みました。
1954年に東京の日暮里に生まれて59年、来年還暦を迎える片岡鶴太郎さん。
お茶の間でも「つるちゃん」と呼ばれる人気者、テレビや映画でも、身近な芸能人として親しまれています。





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「とても、器用な鶴太郎さん」「なんでも出来る器用な役者さん」というイメージですが、
先日お会いした印象は、器用なというより 純粋で透明な水晶のような印象でした。

ほほえみながら相手の目を真っ直ぐに見る・・・誠実なお人柄が伝わってくるようでした。


出版された本を読んでみて
新たな鶴太郎さんの奥深い一面が見えた気がした。

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本の内容は、生まれ育った日暮里の幼少時代のエピソードから始まります。


父親の影響を受け、一緒に寄席に通い 落語を毎週のように聞き、有名な落語家の所作や話の内容など真剣に真似ていた。

そして学校では先生のモノマネで人気者になり、その頃から芸人になりたいと思うようになった。

母方の祖父は、絵師。
自身のルーツ、の伝言によって、
一番輝く道を見つけ出す凄いエネルギーと努力で自分の道を切り開く強さに惹かれました。

それは、モノマネの才能だけではなく、
「人の何倍も練習し、何回も何回も繰り返し練習した」その努力の末の結果だった、
という事がいくつかのエピソードの中から伺えます。

ボクシングの時も、絵を書く時も、役者の時も、どんな時も、人の何倍も練習した。


ちょうど鶴太郎さんが生まれた1954頃は、日本経済は飛躍的に成長した時代でした。
鶴太郎さんが小学生の頃東京オリンピックが開催され、
その後数年で日本は、GNP世界第2位に飛躍し、
第二次世界大戦直後の復興から20年あまりの急成長は
「東洋の奇跡Japanese miracle」と言われました。

この時代を行きた偉人達には、芯にガッツと太さがあるのでしょうか? 

日暮里で過ごした鶴太郎さんの生きざまや、
自分を取り巻く環境や人々とのかかわりが、
鶴太郎さんの言葉で、とても優しい目線で書かれています。
透明で真っ直ぐな優しさを、もっている人なんだと思います。

>

来年 還暦という事ですが、多分これからも、
まだまだチャレンジし続け、
自分の中から湧き上ってくる何か情熱のような、
根本的なこだわりのようなものに動かされて
(鶴太郎さんは本文の中で「腹のムシ」と書いています)

どんどん鶴太郎さん自身が増殖して行くような気がします。

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ずーと長生きして私達に七色の「片岡鶴太郎」を見せてくれるのではないでしょうか。
私達の仕事も、コツコツと丁寧に努力を重ねるしか結果を出す方法がない仕事です。

鶴太郎さんの「他人の何倍も努力する、繰り返し何度でも練習する」という言葉に感動します。

その姿勢があるからこそ、「人の心を揺り動かす 何かを、得られる」と改めて勉強になりました。


阿久津五代子
2013/10/28